ホテル・ルワンダ論争・リターンズ

http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20060312
んー、ぜんぜんその通りじゃない。この件は徹底的にこだわります。

この件の違和感について大きな要素の一つは,「自ら少数民族の出身であるという出自において安全圏にいて、高みから他民族に説教をたれていること」なんだよね。


ホテル・ルワンダを撮ったアイルランド人はどちらがどうということではなく、報復テロの応酬の愚かさをルワンダにおいてもみたのだろうし、黒人同士が勝手に殺しあった事件としてではなく、白人にも責任があると感じたからこそ映画化したのだろうと思う。ちなみに、僕はリベラル左派だからこそ、東欧やロシア、カンボジアで起こったことに痛みを感じる。僕たちはそれを全部受けなければならないだろう。


確かに、僕たちの手は汚れている。


そうした加害者意識の心の痛みを華麗にすり抜けて,たった一文だけパンフレットに関東大震災朝鮮人虐殺にだけ言及するのは、サブカルというだけでおっけーなのだろうか?それはあまりにも安易に過ぎるのではないか?


そう、それはノンポリの人が感じる左派に対する不信感と同じだ。「おまえらが人殺しの癖に平和運動?」「寝言は寝てから言え!」


そうだよ。本当のこというと戦争大好きだ。カラシニコフ乱射して反革命分子皆殺しなんて最高だね。
 

ポルポト貧乏人金持ちの娘を与えたそうだけど、そら、張り切るだろうな〜。それで、どうして虐殺しない?


だから、みんなは,本当は黒人の友達なんか一人もいやしないくせに、「ほら、僕には黒人の友達がたくさんいる。僕たちは黒人を理解しているんですよ。」というためのアリバイ作りのために、黒人を利用しようとするリベラルでご立派な連中を信用しない。


なんだかんだといって、僕たちリベラル派はアフリカなんかじゃなくて、アメリに住みたいわけだし、黒人が多く住むディープサウスじゃなくて、都会に住みたいし,結婚するならなるべく白いのだ。 


もちろん、僕たちリベラル派アフリカとか発展途上国にいってしたいことといえば、「お前らはアホだ。」と言って回ることだし、「アホな連中を指導してやる」ことだ。これが、「リベラルな奴ら」が考えている本当な事だ。


リベラル派発展途上国に対する態度は、帝国主義者がしたことと、何の違いもない。


もちろん、僕たちリベラル派は貧乏人の味方のフリをして、実際には貧乏人を見下しているし、貧乏人がしている肉体的にキツくて収入が低い仕事なんかしたくないとも思ってる。 

それよりも、僕たちリベラル派屁理屈をこねてイージーに大金を稼ぐことが好きだ。もちろん、そういう割のいい仕事を貧乏人に分けてやろうなんてことは、これっぽっちだって思ってやしない。 


僕たちリベラル派は格差を是正すべきだと主張する。貧乏人がカップラーメンを三分待ってる間にでも稼げるような金を貧乏人に恵んでやるようなことは大好きだけれど、自ら進んで自分の資産を貧乏人に分け与えてやったことは一度もない。


ああ、そうだよ。みんなの思っている通りさ。


小泉とかブッシュだのどうしようもないアホどもがでかい面をしているのは、リベラル派がそれ以上にどうしようもないクズだってことさ。


実際、リベラル派と保守派ってどこがどう違うのか、書いててわからなくなったよ。でも、なんか違うはずなんだよ。保革が激しく対立していた二十年くらい前は少なくても今より生活はマシだったんじゃないか?


ええっと、懺悔はこれで十分かな?まあ、今日は日曜日じゃないけど、無神論者だから問題ないよね?


でも、それでも、人が欲張りになれば全て上手くいくなんていう資本主義が間違っていることは明らかだといいたい。まだ、僕たちは次のステップに進めないでいるけど、人類は過去にそうだったように、進歩しなければならない!


少なくても、資本主義者だの親米ポチ保守がでかい顔してのさばって、労働組合やら平和運動が力を失って、状況はより悪化しているはずだろ?


ところで、元の話に戻るが、ホテル・ルワンダの話が町山氏が日本人に他人事と思ってほしくないなんて話はやはり余計だったと思う。

ちなみに、僕の個人的なことを言うと、僕は東北地方出身なので、もし、関東大震災のような混乱があったとして、僕の祖父がたまたまそこにいて、言葉が通じない、もしくは日本人とは証明できないことから朝鮮人と間違われて殺された可能性はないとは言えない。ていうか、親父の性格は朝鮮人みたいである。そういう意味では、僕はぜんぜん関係ないということも可能だったが、僕はそうやって自らを安全圏に置きたいとは思わなかった。

それでも、実際問題、関係ない話のようで、やっぱりまるっきり関係ないわけだよね。さっきカラシニコフ乱射して反革命分子抹殺してやるといきがってみたけど、実際、そんなの面倒じゃん?

パンフレットの映画評論というのは、映画評論であって、観客がどう感じるべきかなんて話は大きなお世話である。そもそも、映画を見た人がその映画を見てどう感じるかはその人の自由であって、評論家が決めるべきことではないだろう。

もっと簡単に言うと,「何様?」ってことだ。

そういう、あらかじめ自分は韓国系であるが故に関東大震災朝鮮人虐殺には責任がないという、安全圏からの説教は自ら加害者側の意識を共有したユダヤ人のスピルバーグモサドの報復テロを描いたのとはまったく違う。自らの過ちを深く恥じ入るからこそ,他者も同じように恥じるもの。

言論の自由といっても何を言っても良いわけではないとされていた一例が、反ユダヤ主義とみなされることであり、これを911テロと同列にみなすことである。だいたい、911テロで攻撃の対象になったワールドトレードセンターで犠牲になった人たちの多くは少数民族である。

この、被害者側の人たちも加害者側にたっているが故の心の痛みがなければ、良くある単なるくだらないお説教でしかない。

911テロで被害を受けた、これに対する報復は正当化されるのか?
それは、実際、対テロ戦争を戦っているアメリカ人にとって切実な問いかけであろう。しかし、そもそも、関東大震災朝鮮人虐殺がいい事だと思ってる人が、わざわざパンフレットに書かなきゃいけないほど多いわけがない。いや、ほとんどいないだろう。しかし、対テロ戦争は「正義」であり、だからこそ、問題なのだ。

  • ところで、僕はタイに居て、なんでこんなことに熱くなっているのだろう?

いま、思い出したのだけど、アンコールワットの観光で雇ったガイドが「共産主義なんて良くない。自由主義陣営の方が正しい。」みたいなことを、日本人である僕に語ったことがあった。「自由主義陣営なんてアンタが思ってるほど良くない。」と僕は言い返したけど。

カンボジアは過去のことは問わないというアジア的な解決を選択した。何をもってアジア的解決というのかは色々と意見はあるだろうけど、少なくても国民のほとんどが程度の差はあれ、ポルポト派に関与していたカンボジアで過去にこだわることが良いことではないことは確かだろう。

ちなみに、アンコールワットの周辺はポルポト派の拠点であったため、そのガイドの親がポルポト派にかかわってなかったわけがないのだ。